東野圭吾の「手紙」は救いのなさが魅力

友人が東野圭吾の小説のファンで数冊貸してくれたのがきっかけで「手紙」に出会いました。彼の文章は情景がありありと目に浮かんで臨場感が半端ないです。

登場人物の会話も心情表現が巧みで引き込まれます。

結構な分厚い本なのですが一気に読みきってしまいました。

印象的だったのは読み終わった後のやるせなさ、救いのなさです。

作品全体が終始一貫して暗いトーンで、主人公は幸せを掴みかけるたびに失います。

原因はいつも刑務所にいる兄からの桜の検閲印がある手紙です。

人生の節目節目でその手紙が届き、その都度掴みかけた大きなチャンスや、人としてのごく当たり前の幸せすら失うのです。

しかも兄が刑務所に入った理由が、主人公の幸せを願う気持ちが高じて衝動的に犯した罪だったというところが皮肉で泣けます。

しかし兄が犯罪者になったせいで、そして刑務所から届く手紙のせいで、彼はアルバイト、進学、就職、結婚と人生のすべての局面で苦しむことになるのです。

散々隠し続けてはバレて全てを失うということを繰り返すうちに、最後には開き直り、わたし犯罪者の兄がいますが何か?というスタンスを取るようになりますが、それすら許されない現実に直面し、じゃあどうすればいいの?どうすればこの呪縛から解かれるの?と叫びたくなる衝動に読者自身が駆られます。

物語の最後の部分では、生まれてきた次の世代までに及ぶ影響、出所してきたあとの関わり方に悩み、そして出す苦渋の決断にますます読者は苦しくなります。

そして長期にわたる苦しみの末に、兄との対面の場面でこの小説は幕を閉じます。

最後の一文字を読み終えたあとの、どうしようもないやるせなさに圧倒させられます。こんな小説は初めてです。きっと社会問題に注意を向ける側面もあるのでしょうが、純粋に小説として上質の価値ある逸品だと思います。

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